一升瓶を抱えたパーが、ペーと並んで座敷に寝転び、ぐうぐうと高鼾をかいている。 かつて名を轟かせた東京卍會の参番隊隊長と副隊長が何たる醜態だ、と三ツ谷は大きな溜息をついた。
「パーとぺー潰れてんじゃん!」
ウケるわー、と潰した張本人であるところのマイキーはふたりを心配するでもなく、呑気に爆笑している。 20代も半ばに差し掛かっているというのに、彼の子供舌は健在だった。いちごミルクにしか見えないカシスミルクを両手で持ち、ストローでちまちまと吸い上げている様子は中学生……は厳しいにしても、高校生くらいには見えてしまう。 その前には山盛りの唐揚げ。頂上のひとつにはお子様ランチの旗が刺さっていた。ドラケンまだマイキーのために旗持ち歩いてんのかよ過保護すぎだろ。
めんどくせえ、と思いつつも、物心ついてからずっとやっていた「お兄ちゃん」の役割は簡単に放棄できるものではない。ゲロを吐いても大丈夫なようにビニール袋の取っ手を耳にかけ、パーの身体を横向きにする。 「三ツ谷くーん、何やってるんスかぁ」 「介抱だよ、見てりゃ分かんだろ」 「一家に一三ツ谷だな、アハハ」 「ドラケンてめぇ」 暴走するマイキーを止めようともせずに、隅っこの方でエマとタケミチとヒナとこっそりWデートしやがって。自分がザル超えてワクだからって皆がそこまで酒に強いと思うなよ。
東京卍會。 無敵のマイキーを[[rb:首 > トップ]]に仰ぎ、ドラケン、場地、パー、一虎、そして三ツ谷で結成したチームである。たった3年で東京の勢力図を書き換えるほどに大きく拡大した東卍は、場地を除く創設メンバーが中学を卒業したタイミングで呆気なく解散となった。
「男ならさ、引き際大事にしてぇじゃん?」
男泣きに泣いたメンバーたちが三々五々解散した後、集会場所の武蔵神社で、残った創設メンバーを前にしてカラリと笑うマイキーに異を唱える者はいなかった。 お疲れ様でした、総長、とドラケンを筆頭に頭を下げたあの日から12年。気付けば皆がそれなりに学をつけ、定職を持ち、ちらほら結婚する者も出始めていた。
マイキーは祖父の道場を継いだ。 真一郎の店の跡地にバイク屋を開いたドラケンはエマと結婚し子供をもうけ、マイキーとは名実ともに兄弟となった。 パーとペーはパーの親の不動産屋を継ぎ、スマイリーとアングリーは変わらずふたりで「双悪」とネーミングセンスもクソもないラーメン屋を営んでいる。 千冬と場地はペットショップを開業し、刑期を終えて出所した一虎を迎え入れた。出所の日、一虎を迎えに行ったのは千冬だった。 「殺人と殺人未遂の前科二犯で人生の半分塀の中、首に大きな墨の入った男なんて雇ってくれるところないですよ。大人しくうちで雇われてください、場地さんとペットショップ開いて待ってたんで」 おかえりなさい、一虎くん、と笑った千冬に一虎は恥も外聞もなく号泣。えぐえぐと泣きじゃくったままの一虎を何とかXJランドに連れ帰ったところ、「おい千冬ぅ、一虎泣かせんなっつたろーが」と店番をしていた場地が元気に生きているのをみてまた号泣し、埒が明かなくなって店を早閉めせざるを得なくなったのは東卍の中では笑い話になっている。 タケミチはビデオショップの店長で、もうすぐヒナと結婚する予定だ。おどおどとした態度にバイトからは馬鹿にされていると嘆いていたが、それもタケミチらしいといえばタケミチらしい。 三ツ谷は駆け出しのデザイナー、八戒は長身と甘いマスクを活かして海外でモデルとして活躍している。もうすぐフランスかどこかでショーの予定があるらしく、今日の飲み会は欠席だった。
◆
今日はパーの結婚祝いの飲み会だった。 そこそこ健全な時間に始まった飲み会もとっくに日付を越え、床に転がしたパーとペーを囲んで皆で酒を回し飲むという地獄の様相を呈している。
10年前は毎日のように顔を突き合わせていたが、この年になると皆仕事に家庭にと忙しく、かつてのメンバーが全員で顔を合わせる機会というのはそう多くはない。 マイキーとドラケン、パーとペー、双悪兄弟、場地と一虎と千冬、三ツ谷と八戒、タケミチと千冬など個別で会ってはいるものの、元東卍幹部勢揃いとなると忘年会か、もしくは誰かの結婚祝いの飲み会、結婚式に限られる。
結婚祝いの飲み会は、毎回荒れに荒れる。 そもそもの目的が「結婚式の魁戦」である。結婚式をぶち壊すわけにはいかない、という必要最低限の倫理観は持ち合わせているが、逆に言うと最低限の倫理観しか持ち合わせていない面々が行きつけの店のひとつを貸し切り(ココの経営する店だが、ココとイヌピーは「俺たちは元々は黒龍だから」と頑として参加しようとしない)、各々がシャンパンやワイン、日本酒、焼酎を持ち込んで、「そんなんで嫁さんに愛想尽かされたらどうすんだ!?」とマイキーが中心になって結婚するメンバーを煽りに煽って飲ませまくる。当事者が潰れてしまえば、あとは飲めや歌えの大騒ぎだ。 マイキーは煽るだけ煽ってその後は「オレ知らなーい」と放り投げるから、潰れたメンバーの介抱はいつも三ツ谷の役目だった。
エマとヒナは最初に軽く顔だけ見せて帰宅、双悪兄弟もパーとペーの潰しには喜々として参加していたが、参番隊が潰れるや否や興味を失ったかのように「明日の仕込みがあるから」と帰ってしまった。 したがってまだ生きているのはあまり飲まないマイキーとザルを越えてワクのドラケン、普通に酒に強い場地と一虎、酒は弱いが今日は飲まされなかったらしい千冬とタケミチ、ドラケンの次に飲めてしまうせいで介抱役に命じられた三ツ谷だけ。介抱といっても、ビニール袋を耳にかけて身体を横にしてしまえば特にやることもない。マイキーが(自分は飲まないくせに)持ち込んできた日本酒を手酌でグラスに注ぎ、会話に参加する。
「何の話してたの」 「ああ、三ツ谷」 あいつら大丈夫そうか、と形式上とはいえふたりを気に掛けるドラケンに、床に転がしたふたりを顎で指す。ありがとな、という労わりの言葉に、おう、とだけ返した。
んで、何の話してたの、と再度尋ねると、顔を真っ赤にして場地の腕にまとわりついた千冬が「場地さんとぉ、結婚したいっすね~って話っす」とにへらと笑った。
「マジ!?お前場地と結婚してぇの!?」 そしたらオレ店辞めるわー、お邪魔じゃん、と一虎が爆笑する。 「いやしねえから辞めんな。オイ千冬ぅ、変なこと言うの止めろ。お前今日飲みすぎ」 自分と同じだけ体重がある男を片腕にぶら下げてなお、場地は余裕そうにウイスキーを傾けていた。
「何で千冬は場地と結婚したいの?」 マイキーがカウンターの上に顎を乗せ、にっこりと千冬を見上げる。 この笑顔は悪巧みをしているときの顔だ。これは答えようによってはこれから千冬が潰されるパターンだな、まあ店長死んだら困るだろうし場地と一虎が何とかするだろ、と三ツ谷は事の趨勢を見守ることに決めた。
「そりゃあ、場地さんのこと、好きだから……好きな人とずっと一緒にいたいから、結婚するんすよね?ドラケン君も、パーちん君も」 「いや、そうだけどよ。千冬のソレってあれだろ、昔からの摺り込みだろ?場地さんマジカッケェっす!スゲェっす!尊敬してます!ってやつ」 結婚っつーのは相手の良い面だけじゃなくて悪い面も見て生きてくことだし、そもそも好きの種類が違えよ、と至極真っ当なことを返すドラケンに、千冬はきょとんとして「好きの種類?」と言った。 「リスペクトやライクじゃなくて、ラブってこと」 助け舟を出したのは場地の向かいに座っていた一虎だった。その解説を受けてなお、千冬は「問題ないっすね、オレと場地さん愛し合っちゃってるんで。ねぇ?」とヘラヘラしている。
「なに?千冬は場地と付き合ってるの?」 完全に悪ノリしたマイキーが千冬に酒を渡しつつ問いかける。これでも飲んで勢いつけて言っちゃえよということらしい。思惑通りにグラスを一気に開けた千冬が、 「壱番隊隊長場地圭介さんと、壱番隊副隊長松野千冬!お付き合いさせて頂いております!報告遅れてスンマセン!」 と叫んだ。